猫についての一考察
「猫は神さまの贈り物|エッセイ編」

我が家には3匹の猫がいる。みんなとてもかわいくて愛くるしい。「愛くるしい」とは誰かが猫を見ていてできた形容詞だろうな、と根拠のないことをぼんやりと考えてしまうほど愛くるしい。

そんな完全なる猫派の私が今回取り上げるのが「猫は神さまの贈り物」だ。本書は谷崎潤一郎、吉行淳之介、夏目漱石などそうそうたる作家たちの猫にまつわるエッセイ集で、猫好きの本好きにはうってつけの内容だ。だがしかし、猫好き作家の筆頭と思っていた夏目漱石はこんなエピソードを書いていて、ちょっとガッカリした。

猫の長い尻尾の毛が段々抜けて來た。(中略)おい猫がどうかしたやうだなと云ふと、さうですね、矢っ張り年を取ったせいでせうと、妻は至極冷淡である。自分も其の儘にして放つて置いた。すると、しばらくしてから、今度は三度のものを時々吐く様になった。咽喉の所に大きく波を打たして、嚔(くしゃみ)とも、しやくりとも附かない苦しさうな音をさせる。苦しさうだけれども、已むを得ないから、氣が附くと表へ追ひ出す。でなければ疊の上でも、布團の上でも容赦なく汚す。来客の用意に拵えた八反の座布團は、大方彼の爲に汚されて仕舞つた。

『猫は神さまからの贈り物〈エッセイ編〉』,実業之日本社,2014年5月10日発行

どこでも吐いてしまうなんて基本的な猫あるあるだ。抜ける毛を毛繕いしたがため、大きくなった毛玉を吐こうと苦しんでいたと容易に想像がつくのだが、当時はそんな情報はなかったのかしら。彼は飼い猫より座布団の方が大事だったようだ。

なんだよ漱石、と思って山下容朗のページを読んだら合点がいった。

「銭形平次」でおなじみの野村胡堂は、新聞記者時代に漱石を訪問している。そして、次のような会話のやり取りをしている。

漱石  どうもすっかり有名になっちゃいましてね。猫の名づけ親になってくれとか、ついこの間は、猫の骸骨を送って来た人がありました。どういうつもりか知りませんがね。

胡堂  で、四代目は、飼わないのですか。

漱石  それなのです。私は、実は、好きじゃあないのです。世間では、よっぽど猫好きのように思っているが、犬の方が、ずっと、好きです。

『猫は神さまからの贈り物〈エッセイ編〉』,実業之日本社,2014年5月10日発行

ニュアンス的に本当にそのように言ったのかはわからないが「私は、実は、」で、これを言ってもいいものなのかと逡巡があり「犬の方が、ずっと、好きです。」と、センテンスを分け、噛み締めるかのような物言いに犬派の強い決意にも似た思いが込められているように感じられる。

これまで勝手に猫派だと思い込んでいた漱石にはがっかりしたが、ここで完全なる猫派の私が、我が家の3匹目となる仔猫を保護したエピソードを披露したい。

1年前、私は店の近くに駐車場を借りていて、そこには人に慣れた野良猫が住み付いていた。天気の良い日には私の駐車スペースで日向ぼっこをしていて、そんな時は駐車のためにいちいち車から降りて追い払わなければならず難儀していたが、同時に微笑ましくも思っていた。

ある日、家にいると外から仔猫の鳴き声が聞こえてきた。そのうちいなくなるだろうと思っていたら、隣人から私の車の下に仔猫がいると知らされた。家の敷地内で、さらに車の下ならばシカトを決め込んではいられない。保護すると、目ヤニで目が開けられず、やせ細って、片手にも余るほどのすず色の仔猫だった。濡らしたティッシュで目を拭くと、パッチリと両目が開いた。諸々を調べてもらおうとそのまま病院に連れて行くと先生からは「注射できない。小さすぎるので2週間後に来てください」と言われた。なので、必要に迫られる形で家の中で面倒を見ることになった。先住猫は降って湧いたイベントに大騒ぎだ。この2週間のうちに里親を探すことも考えたが、世話をしていると当然情が湧いてしまって、結局我が家の3匹目として向かい入れることにした。

駐車場の猫たちは、相変わらず我が物顔で私の駐車スペースを占拠していたが、ある日そのグループに仔猫が増えていることに気がついた。店の営業を終えた深夜、駐車場に行くと私の車の下でタイヤに寄り添って仔猫が寝ていた。ふと思った。もしかして私が保護したすず色の仔猫はこの駐車場の子なのか。いつかテレビで観た海外のホームビデオのようにエンジンルームに入り込んでいたのを知らずに、私の家まで一緒に連れて帰ってしまったのか。

ボンネットを開けて確認すると、足跡なのかエンジンに不自然な汚れがあった。状況から考えると、他の仔猫も出入りしていたが、すず色の仔猫だけがエンジンルームから出られなくなって、衰弱し、たまたま家の駐車場で出てきたと推理した。どうやら神さまからではなく駐車場からの贈り物だったようだ。

知らぬが仏とはこのこと。いつの日か知らずに発進し、車の下で寝ている仔猫を踏み潰す恐怖。仔猫がエンジンルームに入っているかもしれない状態で運転する恐怖。このままではいつか猫の臓物を撒き散らしながら走行しかねない。「恐怖! 深夜何らかの臓物をヒラつかせながら走る車」と、知らないうちに都市伝説の車になるかもしれない。もうここには駐車できない。すぐさま駐車場の解約の連絡をした。

駐車場の親(推定)の元へ帰そうかとも考えたが、我が家で暮らした方が絶対に幸せな猫生を送れるだろうと判断した。

その後、すず色の仔猫は先住猫にうざ絡みをして、シャーシャー言われながらもすくすくと育っている。とても愛くるしい。とても。

ちなみに先生の「注射できない」が、その数日後の私に降りかかる「駐車できない」を見事に予言していたのではないかと思ったが、それは今となってはどうでもいいエピソードだ。

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PROFILE

本村春介(もとむらしゅんすけ)

青森県青森市生まれ。小学6年時に八戸市に移住。2018年、脱サラし八戸市十六日町に「AND BOOKS」を開店。2021年、店舗向かいに「分室」をオープンし、各種カルチャーイベントを随時開催している。また書籍販売もしており、本による街の活性化を図る「本のまち八戸」において新たな拠点となっている。読書量は人並みで、小説より随筆、エッセーを好んで読む。好きな作家は「せきしろ」と「くどうれいん」。お客さんからの最多質問は「ここにある本、全部読んだんですか?」で、もちろん全部は読んでいない。
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