八戸についての一考察
「歴史と伝統 はちのへ物語|正武家種康」

私は以前この欄で「中心街は転換期に突入していて、見方を変えると新たな物件に出会えるチャンスだ」と書いた。それから半年ほど経過したが、中心街の新規出店はあまり聞こえて来ない。郊外に目を移せばスーパーなどの大型店は移転や新規出店計画が報じられるなど活況と言っていい。

中心商店街を含めたこれからの八戸を憂い、論じるならば歴史を知っていなければならないと考えている。歴史は現在と地続きでつながっており、先人たちが紡いできた結果の積み重ねが今日の八戸なのだ。

そこで手に取ったのが今回紹介する「歴史と伝統 はちのへ物語」だ。本書は昭和58年の本で、出版したのは<うみねこ出版社>とのこと。なんかかわいい。八戸らしいネーミングだ。気になって奥付を見てみると住所は「八戸市六日町十 岩徳ビル本館」とあった。このビルも現在では解体、再開発が計画されていて、なんとも時の流れを感じずにはいられない。ちなみに今うみねこといえば、<海猫フレンズ>だろう。

さて、本書の内容といえば縄文時代から近代までの八戸圏域で起こったエピソード集で、それぞれに付けられた小見出しとともに短くまとめられていてとても読み進めやすい。さすが正部家先生だ。その中からいくつか引用し歴史の一部を紹介したい。

まずは問題山積の中心街の成り立ちから。そんなの知っとるわいの先輩方もお付き合いください。

表町(本町ともいう)の三日町通りの他に、この通りに平行し、南側には裏町の六日町通りができ、北側には藩の役人の住む所謂士族町(番町)ができていました。(中略)惣門町(新荒町)に住んでいた足軽を、移住させて生まれたのが上組町。足軽組を上組と下組に分けておいたので、もう一組の住んでいた町が下組町です。(中略)三日町とか六日町のように日にちのつけられた町名は、昔の商業活動のもとであった市日の名残りであり、そのほか職人町の名残りをとどめる町名(大工町や鍛冶町)、或はずばりと町の特色をあらわした呼び名、例えば肴町(六日町)、馬喰町(十六日町)、番士や徒士(かちし)の住む士族町の番町や徒士町があって、こじんまりとまとまった八戸藩の城下町が形成されたのでした。

正部家種康『歴史と伝統 はちのへ物語』,うみねこ出版社,1983年4月15日発行

これが良くも悪くも現在に至るまでそのまま残っているのが八戸中心街なのだ。歴史深いと思うか、古臭い、道路狭い、一方通行ウザいと思うかはあなた次第だ。

南部地方は昔から災害の多い地域だった。海から吹く冷涼な偏東風「やませ」によって度々凶作に悩まされており、中でも語り継がれているのが「天保の七年けがじ」だ。若い方のために解説すると「けがじ」とは飢饉のことで、天保3年(1834年)から7年連続の凶作飢饉があったのだという。本書ではその惨状も記されており、NOオブラート&どストレートに「人の肉を食う」と題された項ではこう書かれている。

食うものが不足したので、海岸地帯では魚や貝類に雑草や木の葉を入れて食べるのは好い方で、カエルやおたまじゃくしをたくさんとってきて、これを餅にして草をまぜてたべた。馬や犬猫は云うにおよばず、あまり古くない死体を食うのが流行し、その肉をタルに入れ、塩漬けにし貯蔵して食う者が三人や五人ではなかった。

正部家種康『歴史と伝統 はちのへ物語』,うみねこ出版社,1983年4月15日発行

にわかには信じがたい話だが事実だ。カエル、おたまじゃくしを餅に混ぜて食べたのではない。カエル、おたまじゃくし100%の餅だ。たぶん生臭さを和らげる香り付けの草なのだと私は解釈した。とはいえ、その後の記述に比べたらそれすらまだ良い方と思ってしまう。あまり古くない死体。流行。塩漬け。貯蔵。まるで想像と感情が追いつかないのだが、不謹慎にもどこの肉が美味しいのだろうかとも思ってしまった。さらにこれに加えて、娘をさらわれ食べられてしまったエピソードも載っているのだが、令和時代のコンプライアンスに合わせてここでは詳しくは書かない。

この項を読んで、実話という触れ込みで公開され一大センセーションを巻き起こした「食人族」という映画を思い出したが、衝撃の事実は地元にあったのだ。このような悲惨な出来事さえも今日と繋がる歴史の一部だ。歴史は繰り返される。コオロギ食に文句を言っている場合ではないのかもしれないと思ったり、思わなかったり。

今回、歴史を紐解き八戸のこれからを考えたかったが、この「人の肉を食う」の項が衝撃的すぎて思考停止してしまった。最後に本書の冒頭「はじめに」と題された書き出しを引用する。

青森県八戸市。人口は約二十五万人。

正部家種康『歴史と伝統 はちのへ物語』,うみねこ出版社,1983年4月15日発行

つい最近、八戸市の人口が22万人を割り込んだと報道されていた。本書の出版が1983年なので40年で約3万人も減ったことになる。全国的な超少子高齢化とはいえ危機感を覚える数字だ。出生率の改善策は行政に任せるとして、我々にできることは地元八戸を魅力のあるものにして若者の流出を抑えることだ。

温故知新。ある識者はあらゆる問題解決の糸口は必ず歴史の中にあると言っている。中心街の問題も人口減少も、さらには一向に楽にならない我が<AND BOOKS>の財政問題も全ての答えは歴史の中にある。のか?

<AND BOOKS>最寄りのバス停は「十六日町」「二十三日町」「十三日町」
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PROFILE

本村春介(もとむらしゅんすけ)

青森県青森市生まれ。小学6年時に八戸市に移住。2018年、脱サラし八戸市十六日町に「AND BOOKS」を開店。2021年、店舗向かいに「分室」をオープンし、各種カルチャーイベントを随時開催している。また書籍販売もしており、本による街の活性化を図る「本のまち八戸」において新たな拠点となっている。読書量は人並みで、小説より随筆、エッセーを好んで読む。好きな作家は「せきしろ」と「くどうれいん」。お客さんからの最多質問は「ここにある本、全部読んだんですか?」で、もちろん全部は読んでいない。
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