人生で大切なことは泥酔に学んだ 栗下直也

飲酒についての一考察
人生で大切なことは泥酔に学んだ栗下直也

「酒は百薬の長」「親の意見と冷や酒は後で効く」「酒は飲むとも飲まるるな」「いい酒は朝が知っている」「心の酒です岩手川」。最後の方は脱線したが、一度は耳にしたことのある酒に関する慣用句、格言は多く枚挙にいとまがない。

かく言う私も酒好きの1人で、酒と本が好きで始めた店が<AND BOOKS>なのだ。制限がないと毎日晩酌してしまうタイプの人間だが、現在は車通勤をしており店では飲めない。自分はシラフでお客さんが飲むのを生暖かく見守るという、開業前には想像しなかった真面目で健康的な毎日を送っている。

ブックバーという業態のためか、当店のお客さんはスマートな飲み方をされる方が多い。それでも酒癖は大なり小なり人それぞれあり、泣いたり、笑ったりだけならまだ可愛いが、周囲の人に迷惑をかける酒癖はいただけない。

本書「人生で大切なことは泥酔に学んだ」は古今東西の偉人の泥酔ぶりから処世術を学ぼうという内容で、栗下氏の軽妙な語り口でニヤニヤしながら読み進められる良書だ。全編に渡り酒による失敗のオンパレードなのだが、中でも黒田清隆氏(not南原)のエピソードが相当ヤバい。なんとなく名前だけは聞いたことがある人は多いだろう。黒田氏をざっくり説明すると、彼は薩摩藩の下級武士の家に生まれ、戊辰戦争での活躍後、明治政府の要職を歴任し、明治21年に伊藤博文の後を受け、2代目の内閣総理大臣に就任した。

この総理大臣まで務めた黒田氏なのだが、なんと酒に酔って妻を斬り殺したことが既成事実として今日に伝えられているという。殺人者がのちに総理大臣就任。にわかには信じられないが事件の内容を引用するとこうだ。

明治11年(1878)三月の夜、泥酔して帰宅した黒田は、出迎えが遅いと腹を立て、妻せいを斬殺したと伝えられる。(中略)当時38歳の黒田は新政府最高位の参議の1人。黒田による斬殺を新聞「団々珍聞」(まるまるちんぶん)がスッパ抜いたことで世の中は騒然となる。辞任は免れぬ情勢だったが、時の最高実力者で同じ薩摩出身の大久保利通が、もみ消しに走る。腹心の大警視の川路利良が大久保の命を受け、自ら黒田夫人の墓を暴いて検視に当たる。川路は掘り起こした後に、辺りをにらめつけながら、「他殺の形跡なし」と報告して一件落着したという。

栗下直也『人生で大切なことは泥酔に学んだ』,左右社,2019年6月30日発行

政府高官の妻斬殺事件ならば、さぞ騒然となっただろうと想像に難くないが、それよりも冗談のような新聞社名に騒然としたのは私だけだろうか。まるまるちんぶんとは一体。肝心の事件は何も一件落着しておらず、せいさんはもちろんだが、彼女の親族を思うといたたまれないことこの上ない。ちなみにこの事件は司馬遼太郎の「翔ぶが如く」(文春文庫)にも登場しており、黒田氏が妻を斬り殺したのは間違いないと、現在では通説になっているらしい。一部では蹴り殺した説もあるというが、どちらにせよヒドい。

現代ならば連日ワイドショーの格好のネタになるだろう事件なのだが、実は黒田氏には酔っ払って起こした事件が他にもあるという。こちらもかなりヒドい。

北海道の開拓長官であった黒田は乗っていた船から突然、沖の岩礁を目がけて大砲を放つ。これが誤射になり、弾が落ちたのは漁師の斎藤清之助の小屋。破片が飛び散り、母屋にいた娘が重傷を負い、亡くなった。砲撃の理由は謎だが、酒に酔った黒田が、船内で「少年よ大志を抱け」で有名なクラーク博士との議論にいら立ち、砲撃を命じたとの説もある。

栗下直也『人生で大切なことは泥酔に学んだ』,左右社,2019年6月30日発行

理不尽of理不尽。清之助氏の悔しさはいかばかりか。この誤射事件の2年後に妻斬殺事件(推定)を起こし、その10年後に総理大臣に就任した。もはや法治国家日本の話とは思えない。恐るべし薩摩閥、なんでもありか明治政府。

黒田氏のエピソードが衝撃的すぎてつい長くなってしまった。彼の他にも、飲み代が足りなくなり取ってくると友人を置き去りにしたまま戻ってこなかった、逆・走れメロス状態の太宰治や、コップに山盛りの吐血をするまで酒を飲み、その後なぜか乗り物恐怖症になってしまった横溝正史や、ガラスのコップを食えと強要し、案の定口中血だらけになってしまった後輩に手本を見せ、本当に綺麗に食べちゃった力道山、などなど興味深い反面教師エピソードが多くあるのだが今回はここまで。気になる方は各自チェックだ。

「飲みニケーション」という言葉がある通り、人間関係を円滑にするものが酒ならば、その反面壊してしまうのも酒だ。何事も「過ぎたるは及ばざるが如し」なのだから、ほどほどに上手に酒と付き合いたい。いつでもどこでもわきまえているベテランのあなたは「酒盛って尻切られる」ことのないようにお気をつけください。

ANDBOOKS
本村春介(もとむらしゅんすけ) さんの画像

PROFILE&PLACE

本村春介(もとむらしゅんすけ)

青森県青森市生まれ。小学6年時に八戸市に移住。2018年、脱サラし八戸市十六日町に「AND BOOKS」を開店。2021年、店舗向かいに「分室」をオープンし、各種カルチャーイベントを随時開催している。また書籍販売もしており、本による街の活性化を図る「本のまち八戸」において新たな拠点となっている。読書量は人並みで、小説より随筆、エッセーを好んで読む。好きな作家は「せきしろ」と「くどうれいん」。お客さんからの最多質問は「ここにある本、全部読んだんですか?」で、もちろん全部は読んでいない。
——————–
AND BOOKS
青森県八戸市十六日町48-3 本多ビル2F
TEL|090-2275-3791
営業時間|19:00〜24:00
定休日|月曜日・火曜日

Instagram/AND BOOKS
Twitter/AND BOOKS