東北や青森ならではの空間を
提供することで生まれた、意外な効果も。
ーー弊社では、家具や食器プランニングについてご用命をいただきました
塚原隆市さん(以下、塚原):はじまりは、美術館の来館者に立ち寄っていただけるカフェをつくることだったので、地元のお客様には上質で特別な空間を提供したかったですし、遠方からいらっしゃるお客様には東北ならでは青森ならではの空間を体験してもらいたかったんです。
そこで、オフィス・店舗のプランニングや東北の伝統文化に精通している御社に相談しました。
ーープランニングを担当した岩井巽(いわい たつみ)からは、次のような目線でセレクトしたとコメントをもらっています。
岩井:家具や食器をセレクトするにあたり、「日本のデザイナー / 日本企業のもの」が必然的に多くなりました。カネイリには、古くから日本企業のオフィス家具を取り扱ってきた実績があります。海外のオフィス家具に比べて、コンパクトな日本のオフィス家具をコワーキングスペースに取り入れることは、今回の案件のなかで必須条件となりました。
そのうえで、カフェエリアの家具や食器にも「日本」のエッセンスを取り入れることで全体の調和をはかっています。例えば、カフェチェアとメインのグラスには、無印良品のデザインを手掛ける深澤直人氏のプロダクトを採用し、ミニマルな印象で揃えました。
リノベーションカフェや、近代美術館には、北欧家具やアメリカの家具が多く採用されるなかで、〈エスタシオン〉の家具・食器は質素で上質なセレクトになっています。結果的に、八戸市美術館のミニマルな内装ともマッチしているのではないでしょうか。
ーーこのように、エスタシオンのコンセプトに寄り添った選定をいたしましたが、効果はいかがでしたか?
塚原:じつは、椅子や机、照明などの紹介リストを店内にさりげなく置いているんです。それを見た人たちが興味を持って話題にしてくださっています。
塚原:椅子の座り心地を試したくなって「席を代わっていいですか?」と声を掛けてくださる人がいたり、席を立ってBUNACOの照明を触りにくる人もいるくらい、楽しんでいただいています。
機能性だけではない多様な視点で選定をしてもらったことで、お客様にとって居心地のいい空間がつくれましたし、コミュニケーションの活発化にもつながっています。
「人と人とをつなぐ場所をまちに定着させたかった」。
八戸というまちに必要なコワーキングスペースのかたち。
ーーコワーキングスペースは全国各地にありますが、「八戸」というまちのコワーキングスペースとして、こだわったのはどういった点ですか?
塚原:「コミュティマネージャー」というスタッフをおくことにこだわりました。コミュニティマネージャーは、エスタシオンを利用する方々の話を聞いて、役に立ちそうな情報を提供したり、人と人とをつなげる役割を担います。
ーーコミュニティマネージャーをおこうと考えたのはなぜでしょう。
塚原:私は商工会議所の役員も担っているのですが、「商工会議所はいまのような立ち位置で運営していていいのだろうか」と考えはじめていたんです。「敷居が高い」と表現されるのをよく聞いていて、いずれ若い人たちが相談しにこなくなるんじゃないかという危機感がありました。それは、遠い先のことではなくて、近いうちにです。
コワーキングスペースとカフェを併設した場所であれば、若い人たちが気軽に訪れてくれるのではという期待がありました。
現在、コミュニティマネージャーを務める藤ヶ森は、ラジオパーソナリティーや地域の観光にまつわる職歴を持っています。コミュニケーション力が高く、まちについても熟知しているので、適任です。
ーー既存の商工会議所では対応しきれなかった、個人と個人をつなぐ民間のネットワークのようになっていくというイメージでしょうか。
塚原:はい。実際に、夏のお盆期間はコワーキングスペースの利用者が多かったのですが、利用者同士が会話を楽しんでいる様子をたくさん目にして、この人たちは初対面だよな!? と驚きました。その姿が自然で慣れているんですよ。
ーーすでにコミュニティが生まれはじめているんですね。
塚原:ああ、もうこういう時代なんだなと心から実感しました(笑)。じつは、〈エスタシオン〉をつくるのは2回目なんです。はっち(八戸ポータルミュージアムはっち)ができる前、中心街の空き店舗事業を利用してエスタシオンという名前のスペースを10ヵ月間運営していました。そこは、自由に誰でも出入りできる場所で、利用者の条件は「40歳以下」だけ。
ーーコミュニティスペースのような感じですか?
塚原:そうですね。特に、高校生たちを中心街に集めることに力を入れたくて、月に1回、日曜日に高校生向けのクラブイベントを開きました。暗幕を張ってDJブースを設けて。そのときのDJがいま、八戸青年会議所メンバーになっていますよ(笑)。
高校生の参加費は100円。定期的にクラブイベントをやっていると、高校生がどんどん集まる。そのときに思ったのが、まちが好きでまちを元気にしたいと考えている若い人たちが、たくさんいるということです。ただ、そういう人たちの行き場がなかっただけなんだと。場があれば、自然と人が集まって、つながりや広がりができていきます。
そこで出会った若者たちのなかには、その後、はっちのコーディネーターになったり、まちづくりに関わる仕事を続けている人もいます。
次の世代のことを考えて行動するのは、
かつて助けてくれた、このまちへの恩返し。
ーー初代エスタシオンが、のちのはっちにつながり、その後10数年たって、2代目エスタシオンのオープンに至った理由は、何かやり残したと思う部分があったからなのでしょうか?
塚原:やり残したということではなく、時代が変わってきて、コロナ禍をきっかけに人の考え方も急激に変わった。そして、自分の置かれている立場も変わってきたからですね。
若い人たちが集まれる場所、若い人たちが交流できる場所というものを、これまでのやり方ではなく、もっと自分の責任や裁量でつくっていかなければならないと思ったんです。そうじゃないと、ほんとうにやりたいことはやれないなと。その好機が訪れたということですね。
ちょうどさっき打ち合わせにきていた地元出身の大学生からは、日曜日に高校生を集めてワークショップをやりたいと相談がありました。日曜日はエスタシオンの定休日ですが、彼らの熱意に応えるために店を開けることにしたんです。自分自身でエスタシオンをつくったからこそ実現できたことです。
ーー塚原さんは、この10数年ずっと、新しいことをはじめようとしている人たちに声をかけて応援し続けているなあと思っていまして。それは、意識的にやっていることなのでしょうか?
塚原:私の生まれは八戸ですが、両親は栃木県宇都宮の出身でした。母親は私が20歳のときに、父親は私が28歳のときに亡くなったんです。
両親が亡くなってから40年以上経ちます。その間、特に若いときには、ほんとうにたくさん、このまちの人たちに助けられました。そうやって手を差し伸べてくれる人たちのおかげで、今の自分がいるんです。なので、若い人のことを考えて行動することは、ごく当たり前のことだと思っています。
ーーそうだったんですね。私たちは、そんな塚原さんの背中を見てきました。では最後の質問です。塚原さんのインスピレーションはどこから湧いてくるのでしょうか。
塚原:「困難=不可能 ではない」という言葉が、私の信条です。新規事業の立ち上げに悩んでいる商工会議所の後輩たちには「とにかくチャレンジしよう」と言っています。「その事業が失敗しても会社はつぶれない」と(笑)。
特に、若い人たちの話を聞いていると、その熱い想いに心を打たれるだけではなく、学ぶことも多いんです。
かつての自分が不可能と思っていたことが、彼らのアイデアやスキルを持ってすれば可能になるのではないかと気付かされることがある。そういった気付きや刺激をもらうことが励みになって、どんどん新しいことにチャレンジしたくなります。
変化の激しい時代において、若い人たちは自分の知らない世界を教えてくれる存在でもあります。そんな若い人たちと交流する時間が、私にとってのインスピレーションのもとですね。
PROFILE
塚原 隆市(つかはらたかし)
青森県八戸市在。南部電機株式会社 代表取締役。株式会社ビーエフエム 代表取締役社長。一般財団法人VISITはちのへ 理事長。
2020年に創立70周年を迎えた南部電機株式会社では、自動車電装品の販売修理を中心に常に先行く技術と情報を地域へ提供。まちづくりの一環としてはじめたコミュニティラジオ放送局BeFM、八戸県域の魅力を国内外に発信するVISITはちのへなど、多岐に渡り地域振興への取り組みを行っている。
高校時代は弓道部に所属し、バイク通学でツーリングが趣味だった。
PLACE
cowrking cafe estacion(エスタシオン)
青森県八戸市番町22 番町NDビル1F
TEL:0178-70-5147 FAX:0178-70-5195
営業時間:10:00~19:00/レンタルスペース、11:00~18:00/カフェ
定休日:日曜日