「誰もが自ら耕すべきである」。
『直耕インスピレーション』が伝えたいメッセージ。

ーー『直耕インスピレーション』は、どんなメディアになる予定でしょうか。

金入:いくつかの企画を軸に、“自ら考え、動くことを取り戻せる”ようなメディアにしていきたいと思います。

『Find your standard』は、東北地方を拠点として“自分たちで仕事をつくっている”人たちへのインタビュー企画。ローカルで頑張っている人たちが何からインスピレーションを受けて仕事をしているのかを、ぜひ聞いていきたいと思っています。

『次の働き方研究所』では、自分たちの今後の仕事の武器となるような最新のツールや、頭の使い方などを、ビジネス書の著者や専門家に聞いていきます。

『What a Work PLACE!』では、オフィスの事例を紹介します。働く場所から受けるインスピレーションもあると思うので、これまでお手伝いさせていただいたオフィス環境の紹介もしていきたい。

私たちは道具や文房具を売っていますので、『偏愛オフィスカタログ』では、道具やサービスを紹介していきたいですね。

最後に、メディア名にもなっている『直耕インスピレーション』。身の回りにいるカルチャーに詳しい人に、音楽、映画、ランチ、スポーツなど、タイムリーなおすすめを聞いていきます。

それらからインスピレーションを受けて、楽しく仕事をしたり、暮らしたりしていけるようなコンテンツを発信していきたいです。

ーー『直耕インスピレーション』というメディア名はどこから着想を得たのでしょう?

金入:江戸中期に八戸市で町医者をしていた思想家・安藤昌益(あんどうしょうえき)の本の中で「直耕」という言葉を見つけたことがきっかけです。八戸は、江戸中期に大変な飢饉に見舞われました。「直耕」は、直接自分たちで耕して生きていく、自然と一体になって生きていくことが正しい、という意味で使われています。

左:『自然真営道』安藤昌益 著、野口武彦 訳・解説、管啓次郎 解説(講談社学術文庫)
中央・右:『忘れられた思想家-安藤昌益のこと-』E.ハーバート・ノーマン 著、大窪愿二 訳(岩波新書)

金入:昌益が生きた時代の飢饉は単に自然環境が原因だったわけではなく、大豆をつくる藩の政策のために森林が開発された結果、山から降りてきたイノシシに作物を荒らされた「いのししけがち」も原因のひとつでした。制度や人に左右されて起きた災害でもあったわけです。

そんな時代だったので、「自分たちが食べるお米は自分たちがつくっていく世の中じゃないと変じゃないか」、「みんな飢餓で苦しんでいるのに、ただ偉そうにしてお米を納めさせるような身分制度はおかしい」というのを伝えたかったのだと思います。 

ーーそれがいまのコンセプトにどうつながっていくのですか?

金入:その言葉自体は前から知ってはいたのですが、最近マルクスの再読本がブームになっていることや、いま流行している「ブルシット・ジョブ」という言葉の意味を見ていくうちに、「直耕」という言葉や安藤昌益が当時提唱していたようなこととの共通点が気になるようになってきて。これからの時代にますます必要な言葉になってくるのではと考え、コンセプトとしました。

「ブルシット・ジョブ」とは自分たちの仕事に意味を感じられず、社会の役に立っているという実感が得られない、というようなときに使われる言葉です。単純につらい仕事である、という意味ではありません。

『人新世の「資本論」』 斎藤 幸平 著(集英社新書)

金入:そして、マルクスは、「資本主義のもとで生産力が高まると、その過程で構想と実行が、あるいは精神的労働と肉体的労働が分断される」そして「自らの手で何かを生み出す喜びも、やりがいや達成感、充実感もない、要するに疎外されている」と説いていました。

最近はSDGsをはじめとする経済活動にとどまらない社会目標の広まりや、多様な価値観を認める社会へと変化が進んできたようにも思いますが、一方で、デジタル封建主義の様相を呈する巨大企業のグローバルな経済活動はとどまることなく進化しています。そんないまの状況をと江戸時代の封建主義がもたらした飢饉のなかで生きた昌益の「誰もが自ら耕すべき」と説いた時代とが重なってみえたんです。

ーーこれが“直耕的”だなと思うことって具体的にありますか?

金入:八戸が発祥といわれている「デコトラ」文化は特に直耕的だと感じています。『東北STANDARD』で映像にもさせていただいたのですが、トラック乗りたちがその昔、誰のアドバイスも受けたわけでもなく、自分たちで勝手に考えて、八戸から魚を運ぶのに自分たちの仕事に対する意思をカッコよく示すためにきらびやかな看板や塗装を施しはじめたことから、どんどんエスカレートしていまのかたちになってきているわけです。

派手な装飾を施したデコトラは八戸発祥ともいわれる。

金入:デコトラを当時はじめられた方のお話を聞いていると、築地に入る前にトラックをピカピカに磨いてから新鮮な魚を誰よりも早く届けにきたぞ! というような気概を見せながら市場に入っていったんだと思います。デコレーションが自分たちの仕事へのプライドを表現したものになっている。

結果、トラックを大事にするし、トラック自体が長持ちしたり事故が少なくなったり、コミュニケーションの手段にもなってきた。「自分らしく自分を飾れ」というコピーを映像の最後で使っているのですが、そういう地域の人たちが勝手にはじめたことがひとつの文化や地域経済に多くの貢献をしてきた例を思うと、いまの時代に自分たちが彼らのような新しい地域発の文化をつくっていくにはどうしたらいいんだろうと考えてしまいます。

『東北STANDARD』では、デコトラの撮影を続けてきた写真家・田附勝さんと、“デコトラの創始者”こと夏坂照夫さんの対談を行った。

社内ベンチャーも誕生。
金入の職場環境は?

ーー『直耕インスピレーション』では働きかたについて発信していくとのことですが、会社としてはどのような環境整備を実践していますか。

金入:だいぶ前からはじまっていたことではありますが、やはり社内環境のデジタル化です。いまでは当たり前になってきていますが、チャットツールやクラウドを導入したことで働く時間が効率化し、働く場所も自由度があがりましたね。そのぶんセキュリティやハード面のアップデートも必要となってきています。

また、社内の細かな業務内容やルールの改善というのはこれまでも行ってきたつもりではありましたが、服装の規定をより自由にしたり、社内でのお茶だしのような古い慣習を止めていったり、コロナ禍で不要なものがどんどんあぶり出されてきました。

新しい取り組みとしては、ディレクターの岩井巽(いわい たつみ)が社内ベンチャーを立ち上げる準備を進めています。青森県で馬肉として食用された後の「馬の皮」をアップサイクルする革製品ブランドで、社会貢献に沿った事業内容になっているので、軌道に乗ったらその屋号を持って独立してもらいたいと思っています。その先は販路の協力などで提携していければと。

GOBU
社内ベンチャーとして準備を進めている〈GOBU|五分〉。
馬肉の残りとして処分されてしまっていた馬の皮を、革製品として再生する。
よく走る馬の荒々しさが残るレザーが仕上がった。

ーー個人ではできることに限界があると思いますので、企業が後ろ盾になってくれるのは心強いですね。 

金入:それはおそらく、この地域の特徴だと思います。八戸には市民活動をしている団体がとても多いですし、三社大祭やえんぶりなどのおまつりも全部“ギフト”で成り立っていて。経済活動にとどまらないお互いの協力で、おまつりやまちづくりを成り立たせてきた背景があります。

そういう先輩方の背中を見てきたので、自分もまちに貢献したいと思うし、それが当たり前だとも思っています。まちや社会に還元することは、この地域に根付いた文化であると思います。

これまでもスポーツの指導やセミプロとして活躍している社員も多かったのですが、最近では、カンフー全日本チャンピオンにもなった小田桐咲(おだぎり えみ)さんもうちで働いてくれているので、両方で活躍してもらえるような環境をつくれたらいいなと思います。

カンフー全日本チャンピオンの小田桐咲さん。

ーーそういった課外活動をしてもらうことで、会社にとっていいことはありますか?

金入:会社のメリットのためというわけではなく、社外からのインプットは個人にとって大事だと思っています。

“完全にオリジナルなもの”ってほとんど存在しなくて、影響を受けたものだったり、何かの組み合わせだったりする。オフィス自体も公私の境目がなくなっていく変化のなかで、新しいものを生み出していくには、これまでの人生でインプットしたものを、仕事だからと切り捨てずに生かしていくことも大事だと思います。

そういう人たちが集まって、プライドを持って仕事を楽しんでいく。それで価値観が広がっていき、幸せにつながればいいと思います。

ーー個人的なことで、具体的にインスピレーションにつながっている体験はありますか?

金入:プライベートのさまざまなことや地域での活動もそうですし、例えば個人的なことでいえば〈AND BOOKS〉という本好きな人たちが集まるブックバーでの普段の会話、また先ほどお話ししたような『はちまち』で紹介されているようなお店や人からも感じとれるものはあります。もちろん『東北スタンダード』で紹介してきたような工芸家の方々の仕事や作品からもインスピレーションにつながるものはあると思います。

これまで事業として取り組んできたことも、自分自身にとっては価値観を広げたり変化させたりするきっかけになってきました。

公私を分けることなく、そういった「インスピレーション」を集めて、より自由に多様な価値観をもって自発的に物事を考えられるようになっていく……。『直耕インスピレーション』は、そんなきっかけとなるようなメディアになっていければと思っています。

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PROFILE

金入 健雄(かねいり たけお)

青森県八戸市在住。株式会社金入代表取締役。東北スタンダード代表。オフィスのトータルプランニング事業を手掛けるとともに、「東北の魅力ってなんですか?」という問いに答えをだすために東北STANDARDプロジェクトを立ち上げる。東北スタンダードマーケットをはじめ、東北6県に9店舗を展開。地域の工芸品とクリエイターとの協業による商品開発も多数手がけ、南部裂織『KOFU』は2013年度グッドデザイン賞を受賞。
これからの「暮らし方」と「働き方」を考えるオウンドメディア『直耕インスピレーション』『はちまち』を運営しながら、東北各地の地域企業とともに地域活性化に取り組む。
愛するものは読書とアイスホッケー。

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栗本 千尋(くりもと ちひろ)

青森県八戸市在住。3人兄弟の真ん中、3人の男児の母。旅行会社、編集プロダクション、映像制作会社のOLを経て2011年に独立し、フリーライター/エディターに。2020年8月に地元・八戸へUターン。八戸中心商店街の情報発信サイト『はちまち』編集長。