
「売れるものを扱うだけでは文化がなくなってしまう」。東北の文化を学び、アーカイブしていくことの意味。
ーー株式会社金入の本社WEBサイトのリニューアルを機に、『直耕インスピレーション』がスタートしました。まずは、金入を知らない人にもわかるよう、事業について簡単に教えてください。
金入健雄(以下、金入):株式会社金入には、大きくふたつの事業があります。ひとつは、オフィス関連の事業部。デジタル化の支援や、オフィスの環境を提案するような、働く環境をつくるものです。
もうひとつが小売り事業。 本や雑貨を販売する〈カネイリ〉、工芸品やデザイン・アート関連の書籍などを扱う〈KANEIRI Museum Shop〉、東北生まれの品のセレクトショップ〈東北スタンダードマーケット〉〈KANEIRI STANDARD STORE〉、東北芸術工科大学内の〈TUAD STORE〉のほか、オンラインショップの〈#tohokuru〉などがあります。

ーーそこから派生して、東北の文化や工芸品について発信する『東北STANDARD』など、メディアもスタートしていますね。
金入:『東北STANDARD』は2012年にはじまったプロジェクトです。
きっかけは〈八戸ポータルミュージアム はっち〉や〈せんだいメディアテーク〉のミュージアムショップをつくったこと。その〈KANEIRI Museum Shop〉は、デザインとアート、地域の工芸品などを扱うお店で、テーマは「東北の文化を身近に感じてもらうこと」でした。
でも、いざはじめてみると、私たち自身が東北のことを全然わかっていないことに気づいたんです。「そもそも東北の魅力って何だろう」という、学びのプロジェクトが必要だと考えました。そこでスタートしたのが『東北STANDARD』です。

ーー学びのプロジェクトだったんですね。
金入:はい。「震災後の東北で、自分たちはこれからどう生きていけばいいのか」というヒントを得るため、昔から変わらず地域で仕事をしてきた職人さん方にお話を聞くプロジェクトでした。
『東北STANDARD』の「スタンダード」は逆説的な意味で使っています。 グローバルスタンダードのような“世の中のスタンダード”じゃなくて、“自分たちにとって普通のこと”を、あえて日本語と英語の組み合わせで名乗ることで、多様な価値の種のようなものを拾っていけたらと。
ーー“自分たちにとって普通のこと”は、この10年で変わりましたか。
金入:コロナ禍のいま、10年前よりさらにグローバルな経済活動による均質化が進んでいるように思います。どこも同じような街並みになっていき、東北の文化が消えていってしまうのではないかという危機感があります。
だからこそ、地域のデザインやアート、文化は、私たちが生きていくうえで多様な価値観を育んでいくために大切であり、また一方で地域経済や企業にとっての新しい事業や差別化をはかるためにも大切になってきていると思います。
ーーいまこそ地域の価値を見直すべきだと。
金入:“民藝運動の父”と呼ばれる柳宗悦(やなぎ むねよし)さんが、「世の中の価値観が変わっていくときにこそ古いものが見直され、古いものと新しいものが並列に置かれたとき、本当に大切なものが浮かび上がってくる」というお話をされています。まさにいま、そうなってきているのではないでしょうか。
工芸品や本は、必ずしもいいものが売れるとは限りません。小売店が売れるものだけを扱っているだけでは、工芸品やその文化自体がなくなっていってしまう……。東北の企業として、アーカイブしていく役目を担えればと考えています。

これまでの延長線上ではなく、編集していく。持続可能な“まちづくり”のあり方。
ーー工芸品や文化を伝えるためのメディアとして、すでに『東北STANDARD』がありますが、なぜオウンドメディアをはじめるのでしょうか。
金入:『東北STANDARD』をはじめた理由は、ものを売りたいということ以上に、震災をきっかけに、社会にとって自分たちが大切だと思えることを情報発信したり、自ら学ぶ機会を得たいと思った部分が大きかったんです。メディアとしての活動に共感してくれる仲間も増え、そこでの出会いが、これまで自分たちにとっては未知の領域だった新しい仕事にもつながってきています。
今回新たなメディアをはじめようと思った理由は、働く環境や、企業・医療施設関係のITソリューション提案を行っている立場として、地域で働くことや地域経済に対し、これまでと違うアプローチで編集し発信していくことで、未来につながるような新たな出会いやアイデアが生まれていくのではと思ったからです。
ーーこれまでと違うアプローチをとる必要がある、というのは……?
金入:どの業界もこれまでは、“同じものをよりたくさん、効率的に販売していくこと”が求められていたわけですが、変化が激しい時代にそれでは当然行き詰まってしまう。これまでの延長線上ではなく、何かと何かを結びつけて新しい物事を編み出していくような、“編集的”な考え方をもったチームをつくるためにコンセプトを考えはじめました。その結果として、『直耕インスピレーション』というメディアをコーポレートサイト内に企業情報と並列的に開設してみようと。
私たちが運営している八戸中心商店街の情報発信サイト『はちまち』も同様の考えから取り組んでいます。「まち」の面白いところを発信するような、継続性があって周りの方々ともコラボレーションをしていけるような編集チームが、まちに必要なのではと考えていたので。

金入:まちづくりの企画だって、地元の人たちが自発的に考えたプロジェクトや事業の方が持続的だと思うんです。自分たちで仕事をつくり、自分たちでまちをよくしていくために必要なことを考えていきたいです。
前編はここまで。後編では『直耕インスピレーション』に込めた思いや、金入の職場環境などについてうかがいます。

PROFILE
金入 健雄(かねいり たけお)
青森県八戸市在住。株式会社金入代表取締役。東北スタンダード代表。オフィスのトータルプランニング事業を手掛けるとともに、「東北の魅力ってなんですか?」という問いに答えをだすために東北STANDARDプロジェクトを立ち上げる。東北スタンダードマーケットをはじめ、東北6県に9店舗を展開。地域の工芸品とクリエイターとの協業による商品開発も多数手がけ、南部裂織『KOFU』は2013年度グッドデザイン賞を受賞。
これからの「働き方」と「暮らし方」を考えるオウンドメディア『直耕インスピレーション』『はちまち』を運営しながら、東北各地の地域企業とともに地域活性化に取り組む。
愛するものは読書とアイスホッケー。

TEXT
栗本千尋(くりもと ちひろ)
青森県八戸市在住。3人兄弟の真ん中、3人の男児の母。旅行会社、編集プロダクション、映像制作会社のOLを経て2011年に独立し、フリーライター/エディターに。2020年8月に地元・八戸へUターン。八戸中心商店街の情報発信サイト『はちまち』編集長。