Wiiのエバンジェリスト? コンセプトワーカー?
ありすぎる肩書きに迫る。
ーーまずは、玉樹さんのこれまでの経歴について教えてください。
玉樹真一郎(以下、玉樹):青森県立八戸高等学校を出て、東京工業大学、北陸先端科学技術大学院大学に進学しました。理系の勉強をしていたのですが、プログラマーとしてはまったく一流ではなく、プログラミングがむしろ下手だと僕は思っていたんですね。ですが、キャリアの変更が難しかったため、プログラマーとして任天堂に就職しました。
ゲームのプログラムではなく、面白いゲームの企画をつくりたいと考え、プログラムから逃げるようにプランナーを目指しはじめます。ずっと「プランナーになりたい」と先輩方に相談し続け、晴れてプランナーになれました。プランナーとしての仕事の代表が、Wiiです。Wiiでは、立ち上げのコンセプトワークから携わり、ハードウェア・ソフトウェア・ネットワークサービスの企画や開発など、分野を問わずに横断的に関わっていたことから、「Wiiのエバンジェリスト」と呼ばれることもありました。
その後、2010年に任天堂を退社。青森県八戸市にUターンして起業し、〈わかる事務所〉を設立しました。
ーー〈わかる事務所〉は、どんなお仕事をしているのでしょうか。
玉樹:主に企画を考えるお仕事をしています。「地方で企画屋なんてやっていけるのか?」とよく言われましたが、なんとかやっていけています。結婚して子どももでき、家も建て、ローンを抱えて生活しております(笑)。
ーー本も2冊ほど出版されていますね。
玉樹:はい。2012年に『コンセプトのつくりかた』、2019年に『「ついやってしまう」体験のつくりかた』を出版させていただきました。
ーーほかにも、大手クライアントのコンセプトワークなどのお仕事もされていますよね?
玉樹:そうですね。コンセプトワーカーとして、大手クライアントのお仕事を2〜3社請け負っています。あとは、さまざまな企業の社外取締役やNPOの副理事長をやらせてもらっています。これぐらいでしょうか。
ーーいろんな方面で活躍されているんですね! 肩書きはどのように名乗っているのでしょうか。
玉樹:〈わかる事務所〉代表と名乗ることもありますが、「個人でいろいろやってます」と名乗ることが多いですね。
ですが、職能的なところでいうと、最近はデザイナーという感じでしょうか。デザインを主軸にした『「ついやってしまう」体験のつくりかた』を書いたこともあり、こちらを読んだ方からデザインのお仕事でご連絡いただくことが多いかもしれません。
玉樹さんはデザイナー?
コンセプトとデザインの違いとは。
ーーデザイナーというと、何かをつくったり、絵を描いたりしている人のイメージがあります。
玉樹:そうですよね。ですが、デザインには「広義のデザイン」と「狭義のデザイン」の2種類あって、おっしゃっているデザインは、狭義のデザインにあたります。一方で、広義のデザインとは、プロジェクトを企てることや意図通りにものを設計することを指します。ですので僕は、広義のデザイナーということになります。
ーーなるほど。デザインとコンセプトの違いとはどのようなところにあるのでしょうか。
玉樹:デザインという言葉を、ものすごく広く捉えるのであれば、コンセプトづくりはデザインの一部になります。
ここでまず、アートとデザインの違いについて考えてみましょうか。
アートは、作品を見た人が感動すればそれでいいんです。つくっている人も自分の意図を把握していなくていいですし、それを正確に伝えなくてもいい。見た人が「よくわかんないけど心に響くんじゃ!」というのがアートです。
一方で、世の中にはデザインの定義がたくさんありますが、僕が掲げている定義は「意図のある表現」です。例えば、包丁をつくるとき、一番大切なデザインってなんだと思いますか?
ーー「よく切れること」でしょうか?
玉樹:ありがとうございます! 一番よく出る誤答です、意地悪でごめんなさい(笑)。
玉樹:一番大切なのは、「ユーザーが刃を持たないようにすること」。切れる云々の前に、「どう考えてもこっち、持ち手の方を持つに決まってる!」という形にしなければいけません。
要は、つくり手に明確な意図があり、その意図が正確にユーザーに伝わるのがデザイン、必ずしも伝わらなくてもいいのがアートという違いですね。デザインにおいては、「ユーザーに伝わっていること」が非常に重要なのです。
ーーなるほど! それと、コンセプトの話とどう繋がるんでしょうか?
玉樹:話をガバッと戻すんですけど、デザインは「広義のデザイン」と「狭義のデザイン」の2種類あるという話をしましたね。これは、ものづくりの流れにぴったり当てはまります。前半は「広義のデザイン」で、どんな意図を持つか決め、後半は「狭義のデザイン」で、どんなものや形にするかを決めます。
「意図のある表現」をすることがデザインなので、意図(=広義のデザイン)と表現(=狭義のデザイン)の2つがないと、デザインではありませんね。意図を決めるということは、コンセプトをつくること。すなわち、コンセプトはデザインの一部だといえます。
ーーだから1作目が『コンセプトのつくりかた』でものづくりの意図の決め方について触れ、2作目の『「ついやってしまう」体験のつくりかた』でより具体的な体験のつくり方について触れていたんですね。
玉樹:そうですね。本作でも触れていますが、ゲーム『マリオ』の画面の話があります。
デザイナーには、「このタイミングで右に行ってほしい」という意図が明確にあり、その意図をユーザーへ正確に伝えるために、「マリオを左に寄せよう」や「顔を右にむけよう」などという表現になります。
未熟なデザイナーは、その意図を忘れてしまったり、そもそも意図を持っていなかったりすることが多いと思います。いいゲームだと思われたい! というエゴが先行して、いっぱい飾り立ててしまう。でも、マリオの場合は、エゴをきっぱり捨て去って「まずは右に行くんだよ」という意図をまっすぐ表現できているというのが、すごいところです。
「人生の走馬灯をつくる」
玉樹さんの人生のコンセプトとは?
ーー『コンセプトのつくりかた』のなかで、“私自身の「人生のコンセプト」について考えざるを得なくなり、その結果、会社を辞めるという結論に至った。”とありますが、玉樹さんの「人生のコンセプト」とはどういったものなのでしょうか?
玉樹:本の内容は、ちょっと盛って書いちゃってるところがあります(笑)。
平たくいうと、いっぱい悩みがあって、いろいろ考えたら、田舎に帰って起業すると全部解決できる! と思ったという感じでしょうか。
当時の任天堂社長の岩田聡さんがよく言っていた言葉に「物事には優先度をつけなさい」というものがあります。どんな企業でも、やれることよりもやりたいことのほうが多いものです。だからといって諦めるのではなく、優先度をつけて、大事なところからやっていこうという意味です。
この言葉をはじめて聞いた当時は、その言葉が僕のなかでしっくりきていませんでした。何だってぜんぶ大切なのに、どうやって順番なんてつければいいんだろう? と考えていたのですが、あるとき、その言葉がしっくり重なった瞬間がきたんです。
ーーどんな瞬間だったのでしょうか?
玉樹:その前に、僕の人生の楽しみを紹介させてください。僕は昔から、走馬灯を見るのが楽しみで生きているんです。
ーーそ、走馬灯ですか?
玉樹:そうです。ご存知の通り、走馬灯というのは死ぬ間際に見るらしい夢のようなものですよね。それってよくよく考えてみると、僕にしか見ることができない、僕だけが感動できる、僕だけのための人生の総集編動画だと思うんです。気の早い話かもしれませんが、その映像を見るのが今から非常に楽しみなんです。すごく楽しみで、ずっと見たいなぁと思っています。
ーーやべぇやつじゃないですか(笑)。
玉樹:ちょっと変態っぽいですかね(笑)。
昔、すごく苦手で嫌いだなぁって思う人がいて、毎日その人のことを考えてはモヤモヤしていたことがありました。ですが、ある日、ふと思ったんです。「その人のことをあんまり考え過ぎて、そいつが走馬灯に出てきたらどうしよう! 死ぬ直前にテンション下がったら嫌だな⁈」。
そこでやっと、優先度の意味が理解できた気がしました。優先度をつけるというのは、走馬灯に出るようなことをすればいいんだ! と。「大事なことからやれ」というのは、「走馬灯に出てきたらうれしいことからやれ」ということだと、僕個人として腹落ちしたんです。
ですから、僕の人生のコンセプトは、「人生の走馬灯をつくる」かもしれませんね。
ーー「人生の走馬灯をつくる」ですか。とても深くて、素敵な考え方です。当時想像した走馬灯が、会社を辞める決断に至らせたのでしょうか?
玉樹:走馬灯のなかでも、重要なシーンがいくつもあります。
まず、田舎は外せませんね。間違いなく欠かせない。自分は田舎とどう折り合ったのか? というシーンは、間違いなく走馬灯に出てきます。
田舎には家族がいる。たまに帰省してくると、子どもの頃に遊んだ廃屋が、今もそのまま残っている。ありがたいことに僕の給料は上がり、生活ぶりもよくなったのに、廃屋はあいかわらず廃屋のままでいる。その光景に、なんかおかしくない? と思った30代の自分……。間違いなく走馬灯に出ます(笑)。
田舎には、おいしいご飯とお酒がある。京都にもおいしいものはあったと思うのですが、地元の人の京都の楽しみ方がわからないから、おいしいものを食べる機会が多くありませんでした。でも、田舎のおいしいものなら知っている。
田舎を元気にしたいなら、田舎に帰って企画をやればいい。それも、おいしいものを食べながらできる。
あとは、田舎に帰れば本が書ける。本を書きたいという欲求がありましたが、当時はまだ、副業という働き方が広がっていなかったので、会社員でいる限り本なんて書けませんでした。
どれもこれも、大事なことからやっていけばいいんじゃない? と考えた結果、会社員を辞めて、田舎に帰れば全部解決できるのではないかという結論にたどりつくことができました。
「穴があったら埋めたくなる」ローカルで、
人との縁を大切に暮らすゲーマーの姿とは。
ーー現在はそんな田舎でお仕事をされている玉樹さんですが、仕事をしていく上で、大切にしていることはありますか?
玉樹:最近は特に強く感じているのですが、僕個人として「これをやりたい!」と思うことが無いんです。完全にご縁でお仕事をいただいています。知り合いの方に紹介いただいたりして。自然とみなさん、僕が興味を持ちそうな話を持ち込んでくださるんです。僕は選んでませんから「くるもの拒まず」でやっている感じです。
何を大切にしているか? と聞かれたら、やっぱりご縁です。自分のやりたいことというレイヤーで大事にしていることは何もなくて、たまたまの出会いを大切に、仕事をしています。
ーー本も出されていますし、いろんな人が玉樹さんのもとへ相談にくるということだと思うのですが、みなさん何を求めて玉樹さんのもとに相談しにこられるのでしょうか?
玉樹:その人が何の本を読んだか、どういった経路で僕を知ったかによりますが、具体的には、「イノベーションを起こすことについて考えるときにはどうしたらいいんですか?」とか、『「ついやってしまう」体験のつくりかた』を出してからは、「新しいサービスをつくるにあたって、面白いものにしたい」とか、「既存の商品を改善したいがどうしたらいいか?」といったものが多いですかね。
玉樹:デザイナーと名乗るからには、デザインの前半・後半の両方の仕事をすることになりますが、前半の意図を掘り下げていくと、本当に求めているものが何か、本人がわかっていないパターンが多いことに気づきます。漠然とした不安のなかで、本当にやりたいことを一緒に解読していく感じですね。ワークをしながら一緒に明確にしていったり、「そういうことだったんですね!」と納得してもらったりするのが仕事になっています。
ーーたくさんの方から仕事の相談が持ち込まれると思うのですが、なかには断る仕事もあるのでしょうか? 取捨選択の基準があれば教えてください。
玉樹:少なくとも、質的な意味で取捨選択したことはないですね。どうしてもスケジュールが折り合わなくてお断りすることも稀にありますが。基本的には、お話をいただいたものはすべて引き受けています。
あとは、最近仕事を選んではいけないなと、非常に反省した件がありまして……。
ーー反省ですか?
玉樹:ちょっと前に、〈南山デイリーサービス〉さんという八戸の牛乳配達屋さんでコンセプトワークをしたんです。働かれている人たちは、非常に素晴らしい人たちでしたが、問題は僕のほうにありました……。心の片隅で「八戸の、田舎のお仕事で、面白い結果なんて出せるだろうか?」という意識が心のどこかにあったんです。なんて最低なヤツだろうって自分でも思うんですが。それこそ、走馬灯の嫌なシーンとして残るくらい!
ですが、一緒にお仕事をしていくうちに、みなさんの熱意やリアル感が伝わってきて、面白くなってきて。すごくいいコンセプトが出て、そのコンセプトを元に設計したセールスを現場のみなさんで回してくださいました。そしたら、『第33回牛乳販売店優良事例発表会』で、農林水産大臣賞を受賞するほどの成果も出してくださったのです!
ーーすごい!
玉樹:そこで反省したんです。仕事を選り好みしてはいけないな、と。己の事前の直感を信じてはいけない。こんなに面白い〈南山デイリーサービス〉の仕事を、心のどこかで疑っていたな、昔の俺! という反省です。
ちょっと前に、「デザイン思考」という企画の手法が流行りましたね。デザイン思考の第1ステップはEmpathy(共感)です。今起きている課題に、デザイナー自身が共感し、自分の問題として課題の中に入っていくということ。
ですから僕も、まずはどんな仕事でも「ずぶぶぶぶ」って入ってみることにしています。今のところ興味ないけど、そのうちテーマと自分が重なるエリアが見つかるんじゃないか? と思いながら掘り進めています。
今のところ必ずその“エリア”にぶつかっているので、いつか何かにぶつかるはずだと思って、掘り進んでいく。そして、ここか! ってあとから発見していくところから始めています。
ーー『「ついやってしまう」体験のつくりかた』でも、“穴があったら埋めたくなる”とか、“足りてないところを埋めたくなる”などとおっしゃっていたと思うので、“ぶつかるまで掘る”というところに、ご自身の仕事をデザインしているように感じました。
玉樹:まさにそうかもしれません(笑)。自分が面白いなと思うテーマには、すでに自分で調べて知識やら何やらを詰め込んでいるので、もう穴がないんですよね。一方で、興味を持てないテーマには「興味がない」という巨大な穴がすでに空いている状態ですから、埋めたくなるのかもしれないですね(笑)。
ーー課題がたくさんありそうなローカルに舞い戻ってきた玉樹さんらしいといえば、そうかもしれませんね。
玉樹:ローカルには課題がたくさんあるけど、うーん、楽しいところなんですけどね〜〜。
前半の記事を読んだあとだと、一般の方の「楽しいところ」と深みが違って聞こえますね。後半では、地方都市が発展していくためのコンセプトについて、語っていただきます。
PROFILE
玉樹真一郎(たまきしんいちろう)
青森県八戸市在住。全世界で1億台を売り上げた「Wii」の生みの親。2010年に任天堂を退社後、青森県八戸市にUターンして独立・起業。現在はわかる事務所代表として、全国の企業や自治体などで、セミナーやワークショップを行うほか、コンサルティング、ウェブサービスやアプリケーション開発などを行っている。そのほか、八楽株式会社 社外取締役。特定非営利活動法人プラットフォームあおもり副理事長。GOB Incubation Partners株式会社 社外取締役。
著書に『コンセプトのつくりかた』『「ついやってしまう」体験のつくりかた』(いずれもダイヤモンド社)がある。
一番好きなゲームは〈マザー2〉。