司法書士で、公認会計士で、ラーメン屋。
異色キャリアのあゆみ。

ーー本の内容についてうかがう前に、石動さんの異色すぎるキャリアについてお話しを聞きたいです。石動さんの経歴を教えてください。

石動:青森県立八戸高校を卒業したあと、1998年に東京都立大学の経済学部へ入学しました。格闘技と麻雀にどっぷりと浸り、怠惰な日々を6年間過ごしました。

卒業する1〜2年前から「世の中のことを全然知らないな」と思い始め、新聞記者になりました。仕事をしながら世の中のことを知ることができると思ったからです。当時は事件に関わるニュースを担当していて、毎日警察署に赴いていました。ですが、長時間労働が嫌になって、27歳のころ仕事を辞めました。

ーーそのあとはすぐに転職されたんですか?

石動:いいえ、ノープランで辞めました(笑)。とりあえず新聞記者が転職する先で多いとされている公認会計士になろうと思い、公認会計士の学校に通うことに。ですが、内容についていけず、1〜2ヵ月でやめてしまいました。その後、何もない時期が数ヵ月あり、インドに行ったりふらふらと旅をしていました。

貯金も尽きてきて、そろそろやばいぞ、というころになってようやく、転職活動を始めました。新聞社は大変忙しかったので、超ひまな会社がいいなと思い、新聞記者だったころのスキルを活かして「ひまな会社」をリサーチしました。

ーー能力のムダ使い……!

石動:そこで、工業薬品・成型加工品製造販売をしている会社に就職しました。部署は経営企画だったんですが、リサーチ通り、非常にひまな会社でした(笑)。毎日ぼんやりしたり、エクセルを開いたり閉じたり、本を読んだり……、このときに行政書士の資格の勉強もして、取得しました。ですが、やはりあまりにもひまで、このままではダメになると思い、転職を決意しました。28歳のころでした。

ーー「ひま」しか言っていないから心配になりました。そこで転職を決意されたんですね、よかった!

石動:その後、29歳で海運会社に転職しました。海運会社は博打みたいな業界で、僕が入社する前の業績はすごくよかったんですが、入社してからガクンと落ちました。経理部だったので、毎日数字と向き合っていましたが、毎日赤字で、これはやばいなと。

それと同時に、サラリーマンを卒業したいと思って、資格を取ることにしました。

2011年に司法書士の勉強を始め、2013年に合格しました。行政書士の資格を取ったときに勉強の仕方がわかりましたし、経理部の仕事で公認会計士の仕事ぶりも見慣れていたので、「今ならいけるのでは」と思い、公認会計士の資格勉強も始めたんです。そして、2014年に合格しました。

そのころいよいよ会社の状況がやばくなってきたので、海運会社を退職。Uターンして、行政書士、司法書士、公認会計士、税理士の事務所を開業し、今に至るという流れです。

ーーサラリーマンを卒業したいという思いは、どのように芽生えたのでしょうか?

石動:僕は元来、人のいうことを聞かないタイプです(笑)。人に命令されたり、時間に縛られたりするのが好きではないんです。趣味である総合格闘技も、教えてもらうのは得意ではなくて、いつも準備体操をせず、技を教わらず、自分で技を試行錯誤していました。自分で研究するのが、おもしろかったんです。

新聞社を辞めた理由のひとつも、長い時間拘束されるのが嫌だったからで、そのときから「サラリーマンは向いていないな」と感じていました。資格商売は、自分で事務所を開いてしまえば、あとは自分次第ですし、非常に自分に向いていると思います。

ーー八戸にUターンしたきっかけは何だったのでしょうか?

石動:一番はのんびり過ごしてもいいかなという気持ちが芽生えたことです。20年くらい東京で暮らしていたのですが、満員電車は好きではないですし、人も多いし、一回くらい八戸に戻ってもいいかなと考えました。また、いろんな経験を積んで、かつ資格をいっぱい持っている男は、八戸にとって希少性があるのかなという下心もあったり……。

ーー石動さんみたいな方は、全国で見ても希少性が高いと思うのですが(笑)。八戸ではどのような方の顧問をされているのでしょうか。

石動:病院、ハウスメーカー、介護施設、建設業、飲食店など幅広く顧問をしています。経営が危ない会社の顧問が一番好きで、やりがいがありますね。ピンチの会社を立て直すのが得意です!

あとは、いろんなことに挑戦している社長さんも好きで、おもしろいビジネスをしている人の顧問をしたいという気持ちが強いですね。こういう未来をつくっていきたいというお考えの方と仕事をするのが好きです。

“縛りプレイ”で開業した
ラーメン屋さんをロールモデルに。

〈ドラゴンラーメン〉の「特製濃厚煮干」1,000円。

ーー士業でも十分お忙しいと思うのですが、さらにラーメン屋さんになろうと思ったのはなぜですか?

石動:僕の仕事は、いろんな事業をされている社長さんの相談を聞いて、アドバイスをする仕事なのですが、その行為に罪悪感があったんですね。

ーー罪悪感ですか?

石動:資格商売はリスクが少ないんです。開業費も安く済みましたし、固定費は家賃とネット代くらいで、赤字になることはほぼありません。いわゆる「安全圏」にいるんです。

一方、何千万の融資を受けながら、大きなリスクを抱えて事業に取り組もうとしている社長さんを顧客としてむかえているわけですが、果たして実際にリスクを抱えたことのない僕のアドバイスは本当に実になるものなのか、と、疑問に思ったのです。だったら、実際に自分で商売をしてみよう! と思い、〈ドラゴンラーメン〉を開業しました。

ーーかなり厳しい条件で始められてますよね。どうしてですか?

石動:そうですね。開業場所、開業資金、有料広告に縛りをつけて開業しました。これらはすべて、資金力も信用もない場合にとる手段です。起業したい人は必ずしも潤沢な資金を持っているわけではありません。むしろ、ゼロからスタートされる方が多いです。この条件を守りながらラーメン屋を続けられたら、ゼロから事業をスタートするノウハウを得られ、そういった人への支援ができるんじゃないかと考えたためです。

〈ドラゴンラーメン〉が店をかまえるのは、コンサートやイベントで利用される〈八戸市公会堂〉内。

ーーなるほど。今回の著書『会計の基本と儲け方はラーメン屋が教えてくれる』では、初心者向けの会計・商売の知識がメインですよね。こちらもゼロからスタートされる方に向けてのことなのでしょうか。

石動:そうですね。これから新たな商売に挑戦しようとしている人に、ぜひ読んでいただきたいなと思っていますが、一番の目的は、失敗を防ぎたいということです。

ーー失敗ですか。

石動:本にも書いたのですが、新店オープンしたてでも「すぐ潰れそうだな」という店があると思うんです。でも、そういう店に限って、お金を借りてオープンしていることが多いんですよね。その後、店が潰れてすごく苦労しているというのはよく聞く話です。

せっかくのチャレンジが、人生を大きくマイナスにさせる要因になってしまう場合があるのです。そういうことをなくしたいと思って、今回のような内容になりました。

結局、人はお金という裏付けがないと生きていけないと考えています。お金があればある程度の安心を確保して生きていけますが、お金がないと急に不安になりますし、ピンチになってしまいます。

ですから、商売をいきなりやって大失敗するということは、自分に大きな不安を与えることだと思います。特に飲食店は、参入が簡単ですが、続けることが非常に難しい商売です。やり方を知らないと、あっという間に地獄行きです。

個人経営の飲食店だけではなくて、どんな会社でもそうなのですが、どんぶり勘定をして損することがなくなったらいいなと思っています。そういう意図があって、超初心者向けの内容にしてみました。

ーー本著では、石動さんが経営されている〈ドラゴンラーメン〉の具体的な数字を使われていますよね。会計基礎の本でもなかなか見かけないなと思うのですが。

石動:机上の空論でしか書かれてない本って嘘くさいなと思ってしまって(笑)。せっかく自分でやっている商売なので、数字を出してしまおうと思いました。リアルな数字を書けば書くほど、実感も湧きますし、商売の苦しみや楽しみもわかってもらえるのではないかと思います。

ーーたしかに、ラーメン屋さんの経営のリアルがわかり、難しさを感じられました。

石動:飲食店の経営は非常に難しいです。残念ながら僕も、2年間続けた〈ドラゴンラーメン〉を2022年10月いっぱいで閉めることを決心しました。

ーーそうなんですか!理由をお伺いしてもいいですか?

石動:人手不足、原価高騰で採算が合わないなどいろいろありますが、最大の原因は自分のキャパシティ不足です。やはり、おいしいラーメンを作ろうと思うと、研究や試作をするのに時間がかかります。かといって、効率を追い求めてチェーン化するのは、僕がやる意味がなくなってしまうので、それも避けたかった。ですから、一度お店を閉めることにしたんです。個人的には、悔しい思いもありますが、理想のラーメンも完成しましたし、達成感とすがすがしさもあって、複雑な心境です。

ーー〈ドラゴンラーメン〉が食べられなくなるのは大変残念です。

石動:ありがたいことに、お客様からもそのような声をいただいています。お店は閉めますが、何らかのかたちで続けていこうと考えています。キッチンカーやイベントに出店したり、味を引き継いでくれる人を探したり。朝市にも挑戦したいです。

ーーさすがのチャレンジ精神です。

石動:正直、飲食店や小売業は難しい。難しいけれど、自前の商売をすることが八戸市には必要だと感じています。

石動さんが語る「自前の商売」の意図とは? 後編では、地方都市での働き方について触れていきます。

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PROFILE

石動 龍(いしどう りゅう)

青森県八戸市在住。石動総合会計法務事務所代表。ドラゴンラーメン店主。公認会計士、税理士、司法書士、行政書士。読売新聞社記者などを経て、働きながら独学で司法書士試験、公認会計士試験に合格。2020年に地元でドラゴンラーメンを開業し、店主として自ら店にも立つ。
ワイン専門店vin+共同オーナー、十和田子ども食堂ボランティアとしても活動している。趣味はブラジリアン柔術(黒帯)と煮干しラーメンの研究。著書に『公認会計士試験 社会人が独学合格する方法』『司法書士試験 独学で働きながら合格する方法』(ともに中央経済社)がある。